『アビエイター』と『Ray』について

 『アビエイター』を見たときレオナルド・ディカプリオに感じたことは、「今までの映画で彼が発揮してきた魅力が全部入った映画だ、とりわけ『タイタニック』のときになくて『アビエイター』にあるのは「うさんくささ」だ」ということでした。
 『ギルバード・グレイブ』で見せた繊細さ、『太陽と月に背いて(私はレオの作品の中ではこれが一番好き)』で見せたキレキレさ、『タイタニック』や『ギャング・オブ・ニューヨーク』で見せた正統派ヒーローとしての側面、そして『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』で初めて彼が身につけた(?)うさんくささです。そして、この4つの側面が揃ってアメリカ映画のヒーローは正統派・アメリカン・ヒーローとなりえると思うのです。『タイタニック』のときには「うさんくささ」がありませんでした(笑)。だから、彼が評価されるなら、今の方がよりよかったのではないか、彼は待った甲斐があったのではないか。そんな印象をもちました。

 ただ、逆に、この4つの側面がきれいに揃ってしまったことが、かえって彼を「正統派・アメリカの物語のヒーロー」の枠に押し込めてしまったようにも思えました。たとえば、『ビューティフル・マインド』のラッセル・クロウなんかと似ちゃった感じがしたのです。なんかこう、器械体操とかアイス・スケートといった演技系ツポーツの採点をしているみたいで、「盛り込むべき構成要素がこれとこれとこれとこれがクリア」とジャッジでもしたくなる感じ。その結果として、「面白みのない、期待どおりのアメリカン・ヒーローだった」という感じも否めないのです。

 そして、対しての『Ray』です。ジェイミー・フォックス演じたレイ・チャールズという主人公もまた、完璧に上記の「アメリカの正統派ヒーロー」の構成要素をクリアしているという点に注目です。繊細さ、キレキレさ(それもトラウマにもとづく)、正統派ヒーローとしての側面、うさんくささ、ね、全部あったでしょ。
 そういう意味では、どっちが賞をとっても、あまり変わりはないなあ、というふうに私には思えていたのでした。
 しかし、「さらにそれに味付けした個性」という点では、ジェイミー演じたレイ・チャールズの方が上だったかも、ですね。こういう点では、民族的マイノリティも逆にプラスに働くといえますし。俳優ふたりの演技力というより、演じたキャラクター同士の比較、という点でジェイミーの方にちょっとアドバンテージがあったかもしれません。

 ところで、『コラテラル』で「今度こそオスカー」といわれかかったトム・クルーズ、この季節になると本当に黙殺されてしまう人なんですねえ。レオ様がオスカーとれなかったことより、あの無視加減の方がつつきたくなった私でした。『コラテラル』がオスカーに値するかっていう以前に、本当にすっぽりと消えてしまうんですよねえ。なんか気味悪い。
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by ropponguimovie | 2005-03-24 08:31 | 比較論やエッセイ
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