<   2006年 01月 ( 7 )   > この月の画像一覧

2006年 1月4週に見た映画

★はおすすめ印
◆は誰にでも勧めるというのではないが、個人的には問題作だと思っている印
□は、すごく期待していたのに、裏切られた~(怒)という印

『夜よこんにちは』★◆
 イタリア、マルコ・ベロッキオ最新作。
 1978年3月16日 イタリアの極左集団「赤い旅団」によって起こされた、当時のアルド・モロ首相誘拐、監禁、殺害事件を描く。
 昨年までは911の事件やアメリカへの直接のカウンターとなる作品が多かったが、『ミュンヘン』を筆頭に暴力の連鎖にスポットを当てた作品にシフトしてきているように思う。本作もその中の秀作。

『トカゲ女』□
 ホラーは、ときどき笑いをとったほうが、映画としては上質なのか?
 なんか、とんでもない作品でした。
 ちなみに、本作の本当のモデルは「トカゲ」ではなく「ヤモリ」で、タイには人に食いつく凶暴なヤモリが本当にいるんだって。事前にそれを知っていれば、もう少し怖かったかな?
 2006年4月 シネセゾン渋谷にてレイトショー

『ヒストリー・オブ・バイオレンス』★◆
 別項参照。
『サウンド・オブ・サンダー』

『コルシカン・ファイル』

『グッド・ナイト アンド グッド・ラック』★◆
 テレビ・キャスターを父に持つ、ジョージ・クルーニー監督作品。
 1950年代、赤狩りの急先鋒、マッカーシーに正面から対抗したテレビ・キャスター、エド・マローの姿を描く。
 マッカーシーの論法が、「国への忠誠、貢献、愛国心」であることが、現代にも通じて興味深い。この言葉が錦の御旗となり、市民の、国に対する監視、チェックの機能が機能停止に追い込まれていくのだ。
 2006年5月 全国TOHOシネマズで公開

 
[PR]
by ropponguimovie | 2006-01-28 16:26

『ヒストリー・オブ・バイオレンス』★◆

 デヴィッド・クローネンバーグが「ふだんは家族の映画なんか撮らないんだけど」といって、でも彼が敢えて撮ったから、この映画は、類を見ないものになったと思う。『ミュンヘン』『夜よこんにちは』同様、これもまた、「葛藤解決手段としての暴力」について切り込んだ秀作。
 マフィアから足を洗い、過去を隠して家族を作り、小さなレストランを経営する男が、ある日、店を強盗に襲われてしまう。男は襲撃してきた強盗を、つい過去のクセが出て(?)正確に(?)射殺してしまったため、「町のヒーロー」として報道されてしまう。そのオンエアを見た昔の宿敵が、彼のいどころを突き止め、追いかけてきてしまうのだ。
 一方で、平和的な父を見習い、学校でいじめられても決してやりかえさなかった息子は、父親の素性がばれるに従い、いじめっこに報復するようになる。父が彼をしかっても、息子はもはや耳を傾けない…。

 ヴィゴ・モーテンセン演じる元ギャングの男。監督の演出手腕だと思うが、彼が強いギャングだった理由が、「武装していたから」ではなく「真の意味で強かったから」というのがつぶさに描かれ、いみじくかっこうよい。最初の強盗シーン。銃をつきつけられても、手に持ったコーヒーサーバーを相手にぶちまけて攻撃をかわすところなんか、その面目躍如だ。この一シークエンスでは、たとえ戦争になっても、いあ、命のかかった状態だからこそ、知恵や体力、豊かなアイディアが、武装の量に勝ち得ることを描いてしまうのだ。(「宮本武蔵」とかに影響されているのかな? 私はそういう方面、よくわからないのだけれど)
 他に、もう年若くない妻が、高校時代のチア・リーダーのコスチュームを着て夫を挑発し、夫がそれにそそられてベッドに押し倒してしまうシーンなどその後の展開を考えると、実に泣かせる。このばかっぽい愛の営みは、家族が信じあえるというゆるぎない幸せを築いていたからこそ、互いにバカも見せ合えるという姿を、みごとに描写しているのだ。ギャングの敵に心理的にゆさぶられ、夫に疑念を抱き始め妻は、もはや夫の前でチア・リーダーになることはできないのだ。

3月11日、東劇ほかで全国公開
[PR]
by ropponguimovie | 2006-01-28 16:22

2006年1月 第3週に見た映画

 (注)ここのところ急激に精神的な変化があったせいか、何を見てもほとんど作品に集中できない週でした。
 よって、今回は評価のしるしはつけていません。

『ナルニア国物語 ライオンと魔女』

『変態村』

『リバティーン』

『ダンサーの純情』
[PR]
by ropponguimovie | 2006-01-28 15:28 | 見た映画一覧(簡易星取表付き)

『スタンドアップ』

 社会新報(社民党の機関紙)に、「今年の新春映画は社会派映画の当たり年」という記事を書いたのですが、そのなかで取りあげた『スタンドアップ』に関して、文化面の編集さんから
「すみません、政治面のほかの記事ですでに取り上げてしまったので…。そこをボツにして、他の作品と入れ替えてください」と泣きが入りました。

 そのぶん、飛び込みで入ってきた『ミュンヘン』入れたからよかったんだけど、悲しいので\;;/ 、削除しちゃった部分をここに転載。

:::::『スタンドアップ』は、1989年、実際にミネソタ州で起こった、全米の企業にセクハラ防止規定が作られるきっかけとなった訴訟事件を題材にした作品。鉱山というぎりぎりの生活がかかった職場にも浸透し始めた女性進出は、男性たちの雇用確保とプライドを無意識のうちに脅かし、彼らはすさまじいばかりの女性いじめに転じるようになる。職場の環境改善をめざして会社を訴えた主人公ジョージーは、父親のわからない子を抱えたシングル・マザーで、男性はもちろん、女性達や家族からも孤立無援の状態に陥る。しかし、「女性達を貶めるということは、人間として自分を貶めているのと同じこと」…。労働者という点では同じ地位にある男性達が、そのことに気がついた時から、物語は、希望の光がさす方向に向かって進んでいく。『モンスター』で連続殺人犯を演じ、オスカーを手にしたシャーリーズ・セロンの再びの熱演も光る。

 上でも述べているけど、この映画が、「フェミ嫌いもうならせるフェミな映画」である理由は、このセクハラ事件を、社会的にもっとも弱いものと、2番目に弱いものとの葛藤として事件が起きたということをきちんと描いている点だと思う。
 1989年の日本での機会均等法は、バブル景気も手伝って、男性によって独占されていた所得階層の上の部分に、女性が切り込んでいく、という部分がクローズアップされていた。しかし、この映画では、つらい労働と劣悪な環境、不安定な賃金に対して、「誇り」という鎧を着てしまうことで、なんとか日々の糧を得る仕事に甘んじてきた肉体労働者たちを、女性進出がまともに刺激してしまった事情をきちんと描いている。「男による女への搾取」の前に、 女をいじめたくなるような彼らへの待遇の悪さが描かれているのだ。
 だから、男達が、「経営側が女を使い捨てのように扱うということは、自分達もいつそう扱われるかわからない」ということに気がついたとき、この物語は、急展開を見せていく。

 その経営側の訴訟を請け負ったのがやり手の女弁護士で、でも、その女弁護士が最後に、経営陣に向かって、「人権が守れてこそのアメリカです」なんてことをいわせてしまう、小さなどんでん返しが芸が細かい。

 それにしても、女が放水ホース握っただけで「にぎるのがうまい」って野次を思いついてしまう思考回路って、いったいどうなってるんでしょうか。
[PR]
by ropponguimovie | 2006-01-23 11:04

2006年1月第1週~2週に見た映画

★はおすすめ印
◆は誰にでも勧めるというのではないが、個人的には問題作だと思っている印
□は、すごく期待していたのに、裏切られた~(怒)という印

『ジョージ・マイケル 素顔の告白』◆
 別項参照
 
『プロミス』

『シリアナ』◆

『ウォーク・ザ・ライン』★

『ミュンヘン』★◆
 別項参照

『レアル・ザ・ムービー』

『マンダレイ』◆
 ランス・フォン・トリアー 最新作

『エミリー・ローズ』
[PR]
by ropponguimovie | 2006-01-14 15:29

『ミュンヘン』★◆

 「これを描くスピルバーグ監督、すごいな」というのが最初の感想だった。映画は、1972年ミュンヘンオリンピックで起きた、イスラエル選手を狙ったテロ事件を描いている。イスラエル政府はテロを起こしたパレスチナ組織「ブラック・セプテンバー」への報復を決断。エリック・バナ演じる下士官が遂行していくその任務は、新たな暴力の連鎖を引き起こす…というストーリーだ。

 なぜ「すごいな」と思ったかというと、ユダヤ人であるスピルバーグ監督が、「ユダヤ人だって加害者になる」という映画を撮った、と思ったから。私は「報復」を「報復」と受け取り、それが「正当」とも、ましてや「次なるテロの予防」とは思えなかった。実際、映画は、この報復が次のテロを予防することはできなかったという結末に達する。

 映画のラスト・シーンは、任務を終えた、エリック・バナ演じる下士官が、ニューヨークの浜辺でかつての同僚と話し合うシーンで終わっている。それは1980年ごろで、ラスト・シーンの背景に写るのはNYの街の中にCGで作りこまれたWTCである。なんか、今だけが「危機管理」が必要なようにいわれるけど、報復に続く報復、市民が血で巻き添えになることは、ずっと前から行われてきた。とくにヨーロッパでは。

 私が6歳のときのミュンヘン・オリンピックの記憶というのは、どうしても「男子バレーボール」と「水泳の青木まゆみ選手」しかない。テロの報道が、日本で大きかったのか小さかったのか、でも、その後の選手派遣の問題などを考えると、どうも「他人事」だったのではないか、という気がする。しかし、何しろ、ミュンヘン五輪というのは、今はなき「西ドイツ」で行われた五輪なのだ。ベルリン五輪の忌まわしい記憶を消そうとしたドイツでの五輪で再び痛ましい事件が起きた。まだ「ステート・アマチュア」という言葉も全開だった。

 なんか、あの頃のオリンピックって、あきらかに「西対東の紅白歌合戦」の様相があった。その構造が崩れた後、その後、オリンピックが「国のもの」から「企業のもの」になっていくのは、ご存知の通りだ。

 この映画をめぐってすでに議論がかまびすしい。パレスチナ側からも、イスラエル側からもすでに批判が出ている。(ニュース参照)実は、それほどの映画へのリアリティを与えているのは、主演のエリック・バナである。
 エリック・バナはその地味さ加減が災いして、スター・カリスマを得ていなかったが、今回は、彼の「地味かつまじめ、かつ遠い存在ではない」キャラクターがぴたりと当たった。

(たぶんまた後で追記します)
「参考になった!」
 
[PR]
by ropponguimovie | 2006-01-14 15:18

『ジョージ・マイケル 素顔の告白』◆

 2006年1本目、劇場で見ました。悲しいぐらい、お客さんが入ってませんでした…。

 その「お客さんが入っていない」という状況が、ジョージ・マイケルをドラマにしているゆえんだと思います。
 映画の中で、デビュー直前、何も知らない新人ミュージシャン・ジョージが、レコード会社とのほとんど人身売買みたいな契約書にサインさせられていたことが明らかになります。
 WHAM! を組んでいたとき、ジョージは、ポップで、何も考えていないように見える、アイドル・スターでした。もしも彼が最初から反骨の歌手だったら、後からここまでひどい扱いをメディアから受けるようにはならなかったかもしれません。しかし、ジョージは、「途中から」態度を変えました。レコード会社との裁判は、最初は何でも夫のいうことを聞いていた妻が「途中から」自己主張をし始めたのと同じ事態です。しかし、その結果がこれです。海外メディアでの最近の彼の扱いって、もはや和泉元彌的。彼がゲイであるという報道は、エルトン・ジョンがゲイであるという報道よりずっと揶揄に満ちているし、彼が政治的なプロテスト・ソングを歌えば「おまえなんかの出る幕か」扱い。スティングがプロテストソングを歌ってますます株が上がるのとは対照的です。
 ジョージは、もう、誰からも持ち上げられない存在になっていて、それはこの観客数とも間違いなく関係しています。

 でもね。ジョージ・マイケルのことを知らない若い人でも、「ラスト・クリスマス」を聞いたことがない人がいるでしょうか。「ケアレス・ウィスパー」は? ジョージは、死ぬ前からすでに伝説になっているミュージシャンです。彼を知らない人、彼に興味がない人でも、みんな彼の音楽は知っています。こういのを「一流のミュージシャン」といわずして、なんというのでしょうか?

 映画で流れる彼の音楽を聴きながら、私はずっと、「私はジョージ・マイケルの音楽が本当に好きなんだなあ」と思ってました。思春期の頃、いろいろな音楽がはやって、ごく普通に「ああ、こういうのが流行だから聴いてみようか」と思って聴いたり、その行為のことを「ファンになる」と呼んだりしてました。でも、彼の音楽は違った。感性で、昔も今も「好き!」っていえます。ただ、顔で言うとアンドリューのほうが好きだったけど(正直)。

「参考になった!」
 
[PR]
by ropponguimovie | 2006-01-14 14:07