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魔法をかけられて

 3月14日公開のディズニー映画
 『魔法をかけられて』
 を見ました。

 すごい、えらいよ、ディズニー。

 ドリーム・ワークスがアニメ部門を設立(ディズニーで「いじめられた」といってる人がCEOらしいですね)、して以来、ディズニーは、「シュレック」によって、徹底的にパロディ化されてきたんですよね。
 そして、そのパロディが大うけしてしまった。

 それに対してディズニーがとった対策は、「自分で自分をパロディ化しちゃう」ことだった!

 今回のお姫様、ジゼルって、昔の天地真理をほうふつとさせます。

「動物とお話ができて、感情は歌で表現して、理想の王子様とは明日結婚」

 そういうディズニーの古典的なお姫様(さんざんフェミニストから批判されてきた自立心をもたない女)を、

 ディズニーは自分で「まだ自我にめざめていない女」だと規定するところから物語を始めたのです。

 おもしろいのですが、その、自我にめざめていない天地真理か「女王様のお買い物」みたいな姫(ディズニーは王様のブランチを見てたのか?)、が、男のジェンダー・フリーにひとやく買う。

  男がロマンチックになるためには、男としての狩猟本能をかきたてほうがいい、というやり口もあるんだけど、この映画では、「感情の解放=ロマンチック」ととらえているから、ジェンダー・バリアはとったほうがいい、ということになってる。

 だから、ラストのクライマックスがすごい。キングコングのパロディだ!(意味不明ですみません、ネタばれ書くのきらいなの)
 
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by ropponguimovie | 2008-01-30 08:18 |

やせっぽちの女、イーディ・セジウィック(『ファクトリー・ガール』)

 久々の更新です。
 GW公開の、アンディ・ウォーホルのミューズだった実在のモデル、イーディ・セジウィックを題材にした、『ファクトリー・ガール』を見ました。

 
 ウェイフ(浮浪者)・モデルとは、のちにケイト・モスをさしていうようになった言葉ですが、モデルでウェイフ・モデルじゃないモデルなんているのかしら。
 どんなに規制がかかっても、モデルの手足と首は恐竜のように長く、おっぱいは小さい。

 叶姉妹みたいな人は別のカリスマだけど、ファッション・モデルにはなりえない。どういうわけかわかんないけど、ファッション・モデルとは、女性として成熟の香りを出したらだめなのです。
 もしかしたら、「ファッショナブル」であることが、「成熟とは反対」であるからかもしれません。


 へんな逆恨み(?)なんですけど、私は「からだを痛めつけられる人」って、うらやましいなあ、と、私は思ってきました。
 私は摂食障害になったこともないし、タバコはすってたけどおいしいともかっこいいとも思わなかったし、お酒は飲めないし、薬はお金がないし、セックスはそんなにもてない。何よりもすべて、「そのときの快感」より「その後の罪悪感」のほうが強くて、気持ちがいいと思ったことがないからのめりこめない。
 唯一の私の「痛めつけ」が罪悪感、という、そんな青春を送ってきた気がします。

 そういう人から見ると、イーディは輝いているような、嫉妬の対象でもあるような。

 だけどあるときふと、「自分を痛めつけなくてもかっこよく輝くことはできる(当たり前か、でも今頃気がついた)ってことに気がついて見ると、そこにいるイーディの、なんと「かげのうすい」ことよ。

 本当に、お気の毒としかいえない。

 きれいすぎるシエナ・ミラーが演じるイーディ、メレディス・オストロム演じる、ぜんぜん笑わないニコ、そんなものがかっこよくうらやましく見えていた自分って、なんなんだ?

 きっと、笑顔は少なく、でも、たくさん愛をもらうことが効率的な生き方だと思ってたんだ。
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by ropponguimovie | 2008-01-30 08:03 |