『善き人のためのソナタ』

 33歳の監督、○○○○(すみません、あとで入れます)は、『グッバイ・レーニン!』にかなり不満があったらしい。あんなふうに過去を許し、受け入れ、美化するのはまだ早すぎるというわけだ。東西冷戦時代、東ドイツでかつてのゲシュタポより怖れられた「シュタージ」の将校が、芸術家の盗聴に関わるうちに、疑問を抱いていく姿を抱く。

 この将校は、本当の共産主義者だったのではないかな。富は分配するもので、社会のために個人はつつましく生きるもので、そうすればみんな幸せになれると信じていた。しかし、上司の越権行為、自分の生活の精神的な貧しさなどが、彼に疑問を与える。彼は愚直な男であったが、自らの中の原則には忠実であった。

公式サイト

1票、お待ちしてます♪
にほんブログ村 映画ブログへ


ウェブ拍手
b0055288_14492653.gif
[PR]
# by ropponguimovie | 2006-10-22 09:54 |

『TANNKA』『無花果の顔』

 『TANNKA』は阿木耀子、『無花果の顔』は桃井かおりと、女性監督(他の分野で活躍している)のデビュー作なのだが…。
 物語の骨は細いのに(終わった後、釈然としない部分がありすぎ)、大道具・小道具がやたらと充実しているのがかえって気にかかる。『TANNKA』の主人公はとくにおしゃれすぎて、見ているほうが本人の心情を追わず、ファッション雑誌を見るような感覚で衣装ばっかり追っかけてしまう。最近の日本映画でときどき見るのだが、衣装が、本人のキャラクターを補完するのに使われず、衣装は衣装だけでひとり歩きしてしまうのだ。「ドラマを見ながら、カタログを見る」という感じになってしまう。(CanCamでエビちゃんが「実写マンガ」みたいのをやってますが、あれの延長なんですかねえ)。
 主人公薫里が、ベリーダンスや自分が書いている短歌に対してどう折り合いをつけるのか、ということが、全然ストーリーとからまない、というのがすごい。『フラガール』みたいにダンサーになるわけでもないし、短歌の作品を出版し、ライターとして自己実現する、とか、そういうのもない。

 ただ、『TANNKA』のビジュアルは、ドラマ性を凌駕してしまうので、それはそれで見ごたえがあった。主演の黒谷友香の存在が「女優!」っていうより「モデル!」っぽいのだが、モデルとしての黒谷友香がカッコイイ服を着て、おしゃれな部屋で男達とエッチして、男の前でベリーダンスで腰をくねらす、というだけで、たとえば叶美香の写真集を見るような楽しさである。東映の試写室で午前10時からの試写で補助椅子が出るなんて初めてだったけど、みんなその写真集を楽しみにしていたし、実際そこそこ楽しんだのではないか。
 それにしても主人公は、「書く」という行為もエロスとしてもうちょっととらえて欲しかったですけどね。フリーライターなんだからねー。

1票、お待ちしてます♪
にほんブログ村 映画ブログへ


ウェブ拍手
b0055288_14492653.gif
[PR]
# by ropponguimovie | 2006-10-22 09:41

『ファースト・ディセント』

 迫力満点! やっぱりスノー・ボードの映画はこうじゃなくっちゃ…。(でも『db』が失敗しているのは、役者の問題とか予算の問題ではないと思う)。とても素晴しいのは、この映画では出てくるボーダーたちがトリノ五輪金メダリストという世界最高峰でありながら、それでも「彼らは準主役、ほんとうの主役はアラスカの大自然」という態度を貫いていることです。もし、観客がその山並みを覚えていて、ボーダーたちの名前を覚えていなかったとしても、彼らは怒らないと思う。彼ら自身は山と自分たちのセッション(それは「むつみあい」という言葉がとても似合う)を十分に楽しんで、それでじゅうぶんに満足しているからだ。

 材料が豊富である。スノーボードの歴史、彼らのゲレンデでの迫害、経済効果による、手のひらを返したようなスポンサーやFISの態度、ニューエイジスポーツの選手が抱える刹那主義、虚無主義との直面(麻薬やってたけど禁止薬物じゃなかったのでオーケーだった!)。豊富な競技シーン。日本で開催された、巨大予算によるアイスショー(東京ドーム!)では、その異様な盛り上がりにためらいつつも、「拍手されるとつい頑張ってしまう」、パフォーマーとしての素直さがいい。

 「人間と自然の共生」。サーフィンやスノーボードには、みんながイメージしようとしてなかなかできない、理想の姿の一例が提示されているように思う。人間は「反自然的」な存在で、エコに生きようとしてもそもそも無理、というか、芸術などのように人間らしいよさまで否定してしまう部分がある。人間らしさを否定せず、しかし自然ともともに生きられる、モデルが、不完全ではあるけれど、見える。
[PR]
# by ropponguimovie | 2006-10-22 09:16 |

『不都合な真実』『ダーウィンの悪夢』『サンキュー・スモーキング』

  またまた更新が止まっちゃってたのはこの3作のせいです。

 かつての大統領候補であるゴア氏の環境への訴えの世界行脚を撮った、ほぼ全篇レクチャー・ムービーの『不都合な真実』。映画の最後に「地球環境のためにできること」がいくつもテロップされる。「木を植えましょう」「ハイブリッド・カーに乗りましょう」から、「地元の議員にプッシュしましょう、いい議員がいなければ自分で立候補しましょう」まで。でも、「肉食べるのをやめましょう(減らしましょう)、乳製品もやめましょう(減らしましょう)」は最後まで出てこない。大豆と同じ重さの肉を食べるとき、えさとして鶏肉なら5倍、牛肉なら20倍の大豆を消費してしまうこと、その大豆畑を開墾するためにアマゾンのジャングルがばさばさ切られていることを、ゴアが知らないはずはないのだが。牛肉は食べ物の吟醸酒なのだ。

 ゴアの父親はかつてタバコ農場を経営しており、タバコの人体への害を知ったとき、罪悪感からタバコ農場を廃業したという(そのため一家の家庭経営は苦境におちいる)。その後どういう経緯があったか詳しくは語られていないが、しかし現在、彼は牧場を所有している。
 それを見たとき、「あーあーあー」と思った。本質的に、ブッシュと同じなのだ、アメリカ文化の子。牛の子という意味で。

 どうも牛というのは、不思議なパワーがあるらしい。それがはっきりわかるのは、牛を食べるのをやめて、牛を食べることを「他人事」として眺められるようになったからである。
 ステーキを食べると「スタミナがつく」と感じる人は多いが、それは、本当のスタミナとは違う、一種の「ハイ」なのだと思う。あれを感じると、一種、王になったような気がする。牛が神様である宗教は、ヒンズー教や、古代バビロニアの多神教などもそうだが(旧約聖書は、全能の神を信じられなくなった民が牡牛の偶像を神とする話が何度も出てくる)、アメリカもまた、キリスト教ではなく、牛教なのではないか。シカゴ・ブルズ、的にあたればブルズ・アイ、屁理屈をいえばブルシット。でも、そのブルが、人間の攻撃性として乗り移っている気がするのだ。

 一方で、魚、である。『ダーウィンの悪夢』見ると、ほんとうに魚が食べられなくなる。
 魚はもう、人間が必要なだけ釣り上げる、採取文化のたまものでも、肉を上回る上質な蛋白源でもなくなってしまったのだ。それはすでに工業製品である。
『ダーウィンの悪夢』では、ケニア、ヴィクトリア湖に誰かが放流したために大発生してしまった魚、ナイル・パーチを追っている。巨大なこの魚が日々捕獲され、沿岸の工場で加工され、冷凍のフィレ肉が輸出される。最上得意先は日本、(日本の回転寿司では「シロスズキ」という名前だった)、次は、BSEや健康問題で魚が爆発的な人気を呼んでいるEUだ。
 魚の「あら」は現地で一箇所にまとめて捨てられる。ものすごい腐臭とうじがわく。それを、フィレ肉など口に入らない地元の人は拾い上げ、煮たりあげたりして食べる…。

 私は肉だけでなく、魚と卵も食べないが(乳製品は、香り付けのためにだけちょっと常備品がある)よく、「え、魚も食べないんですか?」といわれる。私が魚を食べなくなったのは、ほとんどの魚を「まずい」と感じるようになったからである。とくに「えび」がだめだ。ヴェジになる直前は、ファミレスのサラダなんかにのっかっているえびを見ていると、腹がたっていた。あの、「とりあえず、えびのっけとけば、日本人は好きだろう」みたいな感覚がいやだったのだ。そして、えびそのものは、ちっともおいしくない。世界中の現地の人の自給自足の場を荒らして、世界銀行の借金返すためにえび養殖して、そして、そのえびがおいしくなかったら、目もあてられない。あれを食べると健康になれる気がしない。

 私は、食品が加工されるとき、その食品には、必ずその食品を加工した人の「思い」が入ると思う。たとえ、ジャンク・フードであっても、作る人がこめた思いがよいものであったら、そのジャンク・フードには、食べると健康になったり心が豊かになったりする「何か」が入るのだ。愛情に満ちた親子が食べるファスト・フードは、愛のない家庭で作られたマクロ・ビオテックより身体によい。そういうものは、ちょっと身体を敏感にしていればわかることである。
 そしてそう考えると、世界中から輸入されてくる動物性たんぱく質にこめられた「思い」がいいとは、私には思えないのだ。魚は肉より、さらにひどいかもしれない。

 とかいいながら、『サンキュー・スモーキング』を見ると、いったいこれがどこまで冗談なのか? 笑えなくなってくる。
 この映画では、喫煙を推進する専業ロビイスト(タバコ業界団体に雇われている)が、彼を攻撃しようとするバーモント州選出の議員(酪農大国)に向かって、「チーズの油分はときに喫煙より危険だ。タバコを毒物指定するならチーズも毒物指定を」と迫る(つまり有害物質の問題ではなく、何を選ぶかという人間の主体的問題だといいたい)シーンが、クライマックスとなっている。
 しかし、この映画作った人、ミルクに含まれるカゼインは人間のカルシウムをかえって対外に排出してしまう危険物質だって、知ってましたかね? この映画は一応、「タバコは悪」、チーズを悪というのはむたいな話、という前提条件があるからユーモアとして成立するのだが、タバコとチーズの悪玉ぶりは、実際、そんなに変わらないかもしれないのだ。

 私は最近、人間が文明化し作り上げてきたすべての加工食品は嗜好品だなあ、と思っている。ただ、上にも書いたように、加工するときに込められた「思い」「気」を食べて、人間は幸福になったり健康になったりする(その逆もありだが)。そこに人間の奇跡がある。だから、ややこしい。
 しかし、生食ダイエットやってたって、「嗜好」するオプションはじゅうぶんすぎるほどあるのだ。私なんか、今日のナッツ・ドレッシングをカシュー・ナッツで作るか、ペカン・ナッツで作るか考えるだけで、ワクワクしてしまうぐらい、嗜好性が強い。
 動物性たんぱく質の摂取が減らせれば、Co2は減らせる。考えるより前に手を止めるべきである。これほど簡単に、健康と環境と平和(攻撃性がなくなる)に貢献できることは、ないと思っている。


1票、お待ちしてます♪
にほんブログ村 映画ブログへ


ウェブ拍手
b0055288_14492653.gif
[PR]
# by ropponguimovie | 2006-10-14 18:33 | 比較論やエッセイ

『めぐみ』

 パティ・キム&クリス・シェルダン監督、演出うますぎ。
 こういう作品は一歩ひいて見られる外国人が撮ったほうが適任なのだと思う。夫妻は小泉訪朝のさいにニュースで初めて拉致事件を知ったということで、そのとき受けた衝撃、驚きが素直に画面構成や音楽使いに現れている。

 横田夫妻のもとに、コーラス部だっためぐみさんの独唱のテープが残されている。これが本当に美しいのだ。天使のような歌声である。あの歌声は本当に聞いていて涙が出てきた。日本にいて、彼女のニュースはよく見て、知っているつもりでも、やはり、人間としての血が通った存在である彼女のことを、自分は知らないのだなあと思った。

 二つ、ショッキングだったこと。一つは、キム&シェルダン監督が、「このストーリーは、ハリウッドの劇映画としてもじゅうぶん通じるストーリー」という印象を抱いたこと。いわれてみればそのとおりなのに、そんなふうに結び付けて考えられなかった自分は、どこか麻痺していたのだなと思った。それだけ怖くてひどく、そして、身近な恐怖だということだ。うーんと、でも実際は、この話がハリウッド的なんじゃなくて、この事件を首謀した人がハリウッド・ストーリーから触発されたんだと思いますけどね。
 もう一つは、横田夫妻の記者会見にも出席したのだが、そのときに、夫妻としては、まだまだ日本国民が、この問題について感心が薄いと考えているとわかったこと。あんなにテレビカメラが入った試写会や記者会見なんて見たことないのに、当事者として解決を推進する力になっていないと感じているジレンマが悲しかった。同時に、テレビ・メディアでほとんど報道されない犯罪、あるいは虐待などの被害者の気持ちはいかばかりかと思う。

12月よりシネマギャガ他で公開

1票、お待ちしてます♪
にほんブログ村 映画ブログへ


ウェブ拍手
b0055288_14492653.gif
[PR]
# by ropponguimovie | 2006-10-12 15:37 |

メールとウェブ拍手が設置できました。

メールはこちらよりお寄せください。

また、お名前、アドレスなしで、ご感想、拍手喝采が送れるウェブ拍手もご利用ください。
下のバナーまたは文字をクリックすると、たからかに拍手が鳴り響きます。

ウェブ拍手
b0055288_14492653.gif
[PR]
# by ropponguimovie | 2006-08-21 16:18 | メール・ウェブ拍手

2006年8月第3週に見た映画

★はおすすめ印
◆は誰にでも勧めるというのではないが、個人的には問題作だと思っている印
□は、すごく期待していたのに、裏切られた~(怒)という印

『明日へのチケット』


『夜のピクニック』
別項参照。8月16日 初秋 丸の内プラゼール他にて公開

『待合室』
別項参照。

『プラダを着た悪魔』★
別項参照。
11月18日公開


『ワイルドスピードX3 TOKYO DRIFT』★
別項参照。9月14日公開

1票、お待ちしてます♪
にほんブログ村 映画ブログへ
[PR]
# by ropponguimovie | 2006-08-21 15:04 | 見た映画一覧(簡易星取表付き)

『ワイルドスピードX3 TOKYO DRIFT』★

 人気シリーズ&舞台が日本ということもあってか、試写室は早めの満員。開始20分前で、わずかに残った補助椅子でない席に座る。

 私はどうしてこんなに『ワイルドスピード』シリーズが好きなのだろう? X-MENなんて、とんとわからなくてとっくにギブアップしているのだが。このシリーズは結局3作とも試写状が来ると楽しみで、早々に駆けつけています。

 理由。わかりやすいから。…と書いてみたけど、わかりやすい映画なんて他にもあるしなー。やっぱりわかんないけど、好き。
 日本に国籍不明な人々が集ってドリフト走行しちゃうという、「頭文字D」の続編みたいな映画になってしまし、私は「頭文字D」は文句がいっぱいなんですが、なぜこっちには文句がないのかわかりません。

 今回のはほんと、見どころ満載。いいえ決して「つっこみどころ」ではありません! 渋谷だけでなく、赤羽橋近辺のロケも楽しいし、日本語となまりだらけの英語がまじったセリフのやりとりは、「ふーん、サラダボウルってこういうことなのか」と身体で納得。カメオ出演に妻夫木聡やKONOSHIKiに混じって柴田理恵が奮闘しているのにも目を細めちゃうし、サニー千葉真一はふかしてるし、なかでも最高のお気に入りはショーン・ボズウェルの学ラン姿でした!
 しかし学ランって、ホント、日本のフラットパターンメイキングでできてるなー(まるみの強い西洋人の身体を包み込めない)。それと、脚が短いのが目立っちゃうみたいで、ショーン・ボズウェルが決してモデル体型でない(脚が短い)のがわかっちゃいます。

 9月16日より有楽座他で全国ロードショー

1票、お待ちしてます♪
にほんブログ村 映画ブログへ
[PR]
# by ropponguimovie | 2006-08-21 14:59 |

『プラダを着た悪魔』★

会場は、早くから席がうまり「早い時間に来てよかった」と思わせる。「何着て行こうかな?」とちょっと考えてしまう。結局ユニクロのジーンズと無印良品の最終セールで買ったTシャツで行ってしまったのですが。

 映画を見たら、ファッションのことじゃなくて、ビジネススキルのことをずーっと考えてしまいました。「デレゲーション(委任)」というものについてです。

「何事かをなしとげる人はデレゲーション(委任)がうまい」「自分のもっとも大切なこと、自分にしかできないことをするために、他人にできることは他人に任せなさい。ハウスキーパーをを雇いなさい」。ライフスキルの本はときどきそう説く。ある成功者は、この20年間、スーパーマーケットに行ったことがなく(必要なものはすべて冷蔵に入っている)、着るものはクリーニングが終了してクローゼットに並べられ、出張カバンには必要なものが詰められて玄関に置かれている」

 日本の大手出版社の編集者は高給取りだと叩かれるが、パーソナル・アシスタントを雇っているものなど誰もいない。しかし、アメリカでのビジネス成功者達は、ここに出てくる「ランウェイ編集長、ミランダ・プリーストリー」のように、何人もアシスタントを抱えているのだろう。「自分がやらなくてもいいことは他人にまかせる」が徹底していて、リーダーとなるものはアシスタントを何人も抱え、そこでまた上から下への委任が行われていく。
 見方次第だけど、もっともクリエイティブな仕事ができるのは、アシスタントを雇えるような地位に上り詰めた者だけの仕事。それがアメリカン・ビジネス・ウェイ。アムウェイやってもやらなくても、下の者の仕事は上の者を支えること。そこで救われる道は、力を発揮して上にいくか、雑用を適職と考えられるか(たとえばハウス・キーパーの道を究める)のどちらか。それでも下の者が上の者に貢献するのは、自分が成功したいだけでなく、上の者に「貢献したい」と感じさせ、「学びたい」とかんじさせるメンターとしての輝きがあるからだ。これもネットワーク・ビジネスに限ったことではないらしい。

 しかし、この「委任」もなかなかスキルが必要なようで、ランウェイ編集長ミランダも、つねに、スティーヴン・コヴィーいうところの「使い走りのデレゲーション」状態。うまくいかないのは「どいつもこいつも使えないやつばかり」だからで、有能なアシスタントを求めている。ファッションと結婚した女、といわれるほどファッションのために生きているのに「ファッションばかりの女は仕事のできないおバカさん、だから(新聞記者志望だけどダサい)アンディを採用したのだ」と。

 自分がもしアシスタントを雇えたとしても、それを完璧に使いこなし、しかも相手から信頼されるボスになれる自信など、とてもないものね。指示言語というのは、とても難しいのだ。

 原作のローレン・ワイズバーガーが、20代の新人作家で、「ヴォーグ」編集長のアナ・ウィンターのもとで9ヶ月アシスタントとして働いた経験からこの作品を書いたのではないか? と、一種の暴露本的興味が先行しているようだが、ワイズバーガーは、創作講座で勉強した結果この作品を書いたそうで、ああ、アメリカの創作講座ってこういうこと教えるのか、と、基本どおり(と思われる)できばえに感服した。主人公のローレンはそういう意味で主人公のアンドレアによく似てるかもね。メンター側と生徒側の葛藤の対立があざやかなので、見ていて気持ちいい良作でした。

11月18日全国公開

1票、お待ちしてます♪
にほんブログ村 映画ブログへ
[PR]
# by ropponguimovie | 2006-08-21 14:53 |

『夜のピクニック』

 恩田陸原作作品。
「本屋大賞」って、とてもいいブランドに育っていると思う。『博士の愛した数式』で信頼を確立したし、この作品も、第2回受賞作品だというのを聞いたから、見ようと思った。自分も小説を書くならこういうのをいただいてみたいなあ、と思わせる賞である。
 本作は『博士の~』ど人間の奥深い「業」を見せるというものではないが、1000人の高校生がだっさいジャージに身を包み、
「鍛錬歩行祭」の夜に、主人公が小さな壁を乗り越えようとするというストーリーが、小さくさわやかで良かったです。私は恩田陸作品は『ネヴァーランド』だけで、正直全然合わなかったのだけど、これは原作を読んでみようかなという気になりました。

8月16日 初秋 丸の内プラゼール他にて公開
1票、お待ちしてます♪
にほんブログ村 映画ブログへ
[PR]
# by ropponguimovie | 2006-08-21 14:51 |

『待合室』

 富司純子について、誤解してました。父親は東映のプロデューサーで、梨園の人ではないんですね、ショウビズの人ではあるけど。歌舞伎役者と結婚したから、てっきり梨園育ちの芸能人なのかと思ってた。
 私の彼女の記憶は「三時のあなた」の司会、および「ライオンのコマーシャルで子ども達の歯を磨いている」おしとやかな寺島純子さんから始まっているので、「仁侠映画の女王」の時代は知らなかったし。
 でも、今回見てみると、この母娘、ほんとうにすごいの。確かに美しいのだけど、「ただのおばさん」が本当に「ただのおばさん」でありつつ、パッション入っちゃってる。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AF%8C%E5%8F%B8%E7%B4%94%E5%AD%90岩手県、小繋(こつなぎ)駅に置かれた「命のノート」をめぐるストーリーだそうですが、正直いってそのストーリーはあまり印象に残らず(いい話だけど、ベタといえばベタ)この母娘を堪能しました。

1票、お待ちしてます♪
にほんブログ村 映画ブログへ
[PR]
# by ropponguimovie | 2006-08-21 14:39 |

『バックダンサーズ!』

 試写室は補助椅子が出る大入り。『東京ラブストーリー』や『ロングバケーション』の監督、永山耕三さんの「のれん」はそれほどブランド力高いのかな? でも私もやっぱりそののれんで見に行っちゃったし、すごいドラマ巧者だなあと思った。かなり登場人物が多いのだが、全員がしっかりストーリーにからんでおり「捨てキャラ」がないのだ。
 スターの後ろで踊るから「バックダンサーズ」と名づけられた4人の娘達が、ダンスを通じて自己実現を成し遂げていく、という、「がんばれベアーズ!」のダンス版みたいなストーリーだが、この映画は若い人たちから見て「自己責任自己成功時代」っていうものがどうとらえられているかがわかるようなした。バックダンサーズの4人は、メインヴォーカルのジュリが突然の結婚・引退宣言をしたことから自分たちまで解散の危機に。つまり、アシスタントとしてパートタイム採用され、突然リストラされちゃったわけだ。しかも、彼女達には、「終身雇用、平穏な生き方」っていう選択肢もない八方ふさがり。でも、そこでもふさぎこんでしまわないことや突破口を見つけていこうとする姿勢には、重ね合わせようとする人がたくさんいるんじゃないかと思う。
 9月上旬公開

1票、お待ちしてます♪
にほんブログ村 映画ブログへ
[PR]
# by ropponguimovie | 2006-08-16 07:54

2006年8月第1週~第2週に見た映画

★はおすすめ印
◆は誰にでも勧めるというのではないが、個人的には問題作だと思っている印
□は、すごく期待していたのに、裏切られた~(怒)という印

『サンキュー・スモーキング』★◆
 
『bd』□
 別項参照

『バックダンサーズ』
 別項参照

『奇跡の朝』
 
『16ブロック』★
別項参照

『ニキフォル』
ポーランドの素朴派で、70万点以上の作品を残した画家、ニキフォルの生涯。
タイトルロールを、ポーランドの女優で森光子と同じ年のクリスティーナ・フェルドマンが演じている。
もうちょっと、作品の中で絵そのものが見たかったなー。
2006年秋、 東京都写真美術館ホール他にて公開

『アメリカン・ドリームス』◆
別項参照

『ナチョ・リブレ』★
別項参照

1票、お待ちしてます♪
にほんブログ村 映画ブログへ
[PR]
# by ropponguimovie | 2006-08-16 07:31

2006年7月第3週~第6週に見た映画

★はおすすめ印
◆は誰にでも勧めるというのではないが、個人的には問題作だと思っている印
□は、すごく期待していたのに、裏切られた~(怒)という印

『ゲド戦記』
 こんなんでいいのかなあ…。
 回収されない伏線がありすぎて、感情移入どころじゃないです。あんまり期待もしてなかったから腹立たないけど。
 公開中

『ハッスル&フロウ』
 別項参照
 8月12日、テアトルタイムズスクエアにて公開。

『ルイーズに訪れた恋は…』
 『記憶の棘』のニコール・キッドマンと違って、ローラ・リニーが主演だと、アイロニー性は低まるなあ。

『キング 罪の王』◆
 ガエル君最新作。すんごく後味悪い問題作。なぜ主人公の名前がエルビスなのか? なぜタイトルに「キング」とついているのか? そこらへんがプレスにも解説されてなくて、私にはわかりませんでした。小泉純一郎にでも聞くか。

『マイアミ・バイス』★
 別項参照

『フラガール』★◆
 イチオシ! 別項参照。

 9月23日公開

1票、お待ちしてます♪
にほんブログ村 映画ブログへ
[PR]
# by ropponguimovie | 2006-08-16 07:24

『アメリカン・ドリームズ』◆

 この仕事も5年やってるが、試写を見に行ったら「すみません、公開がなくなってしまいました」といわれたのは初めて。主演、ヒュー・グラントでですよ。どうして~、と思ったのですが。
 映画を見たら、「この映画を、日本で公開しようとまじめに考えていた」っていうほうがすごいと思いました。なんか、『チーム・アメリカ』より冗談キツイ。
 この作品は『アメリカン・アイドル』という、実在の視聴者参加のカラオケ選手権を土台にしている(そのホストであるみのもんたみたいな司会をヒューがやる)。「アメリカの偶像」というオリジナルタイトルならまだしも、それを「アメリカの夢の実現」というタイトルにパロってしまうあたりが、相当毒がキツイ。そこに出てくる、イラクから負傷して帰ってきたモトカレをイメージアップに使おうとしてよりを戻すブリとニー風のブロンド娘、アフガンでテロリストになる訓練を受けていたムスリム(本当はアメリカのミュージカルが大好き、決勝戦まで残ることをテロ組織から至上命令にされている。なぜなら決勝戦のゲストはアメリカ大統領で、彼はそこで自爆テロを決行するのだ!)その二人と最後まで決勝戦を争うのがユダヤ教徒で、大統領は再選が決まって初めて新聞を読むほどのノータリンで、そのノータリンに影から全部セリフを吹き込んでいるのが副大統領(ウィレム・デフォーがやってるのだが、毛を抜いており、チェルニー副大統領そっくり)、自爆テロが行われるかチェックしているようで実は番組を楽しんでしまっているテロリスト集団…。うまいなー、ほんとにアメリカンドリームズだなー(「ドリームズ」と、ちゃんと複数形にした邦題はえらいですね)。
 監督は、『アメリカンパイ』『アバウト・ア・ボーイ』のポール・ウェイツ。『アバウト・ア・ボーイ』はそれほどでもなかったけど、ようするに、おいたをさせたら天下一品の男。いや、弟のクリスと作っているから、兄弟が映画作るときの子どもっぽさって、誰に求められないものね。
 …なんか、書いてたら、公開しないのはやっぱり惜しい気がしてきた。秋にビデオ発売するそうなので、気になったら見てください。

秋、ビデオ発売

1票、お待ちしてます♪
にほんブログ村 映画ブログへ
[PR]
# by ropponguimovie | 2006-08-16 07:14

『フラガール』★

 「常磐ハワイアンセンター」に、こんな製作秘話があったなんて、知らなかった! そういえば確かに私が子どもの頃から「キワモノ」扱いだったような気がするけど、それはこんなドン・キホーテ的存在だったから? 典型的なプロジェクトXなのだけれど、それが、「経済発展」じゃなくて「雇用確保」という左側の方にシフトしているから、ギラギラ感がない。
 かつては「黒いダイヤ」といわれた石炭を、石油の輸入が上回り始めた1960年代。炭鉱の地熱で温泉をわかし、リゾート・アミューズメント・パークにしようという試みは、東京ディズニーランドができる20年前に試みられた、第一次産業から第三次産業へのシフトだった。そのうえに、「女のあるべき姿」も重なってくる。
 主人公の母親の世代。夫を炭鉱で亡くし、婦人部の部長も勤めた母親は、爪の間を真っ黒にして働いてこそ「女の鏡」として尊敬された。嬉しいことや自慢したいことがあっても、自分が他人より不幸であることを演じて、それが「慎み深い」ともてはやされたのである。しかし、ダンス教師が街に持ち込んできた新しい女の生き方は、同時に新たな職業規範でもあった。これでもか!とばかり、華やかな服と化粧に身を包み、いいたいことがあれば、銭湯の男湯に乗り込んで男にケンカを売る。しかし、彼女の華やぎはプロフェッショナルなものだ。悲しいときも、泣きたいときも、笑顔で舞台に上がれなきゃ第三次産業じゃない!
 「きれいな服着てダンス踊って、どうしてそれで給料もらうのが悪いのか」。蒼井優演じる娘~炭鉱の暮らしに閉塞感を感じていた娘は、母親にそう食って掛かる。しかし、そんな娘が母親を説得するのは、不幸なふりをしていた母親と同じように、つらいときでも幸福そうに見せる笑顔を身に付けたときなのである。

 なんかさ、日本で最初に仏教徒として出家したのは、女性だったという逸話を思い出しちゃった。海の向こうから外圧を受けてきたものだから、そんな危ないものには、男なんか近寄らせられないという論法だ(そういえば、ハリウッドも最初の監督はみんな女だったのよ、立派な男のやる仕事じゃないと思われてたの)。男達は、まだ、炭鉱夫として、パラダイムシフトができないでいる。しかし、女性よりも生産効率が悪く、企業側から足手まといだった女性達は、同時にこの新雇用形態の毒見役として、このプロジェクトに投入される。いや、一から給料雇って先生を連れてきて、この女性達をダンサーとして育成しようという予算配分は、今から見るとずいぶん甘いともいえるのだが(今なら、外注、オーディションでしょう)、その分、彼女達には、夫、父親、子どもや兄弟の食い扶持を稼ぐという責任ものしかかる。
 街中に「一山一家」というスローガンが掲げられている。切り離されたくても切り離されない、運命共同体としての「山」である。

 蒼井優は、このままいくと、おさげ髪のまんま、全国の方言で映画を撮りそうだ。「ニライカナイ~」の沖縄、『男達の大和』の広島に続き、今度はいわき弁(笑)。彼女はバレエ経験者なのでダンスが決まるのは当然として、ダンス経験のまったくない(はず)松雪泰子が、先生役で頑張ってる。日本舞踊のうまい(はずの)富司純子も、母親役で頑張ってる。

 途中、フラの衣装をつけてうっとりしているひとりの娘が、解雇された父親にボコボコに殴られ、髪を切られてしまうシーンがある。私の妹は一つ違いだが、中学2年の夏休み、内緒でパーマをかけて、母親にすぐばれ、はさみをもって家中を追いかけられ、その髪を切られてしまった。前髪も切られたので、14歳の夏休み、妹は、1940年代の女の子より髪型がひどいことになってその夏を過ごさなければならなかった。そのときの母親は鬼のように怖くて、私は、おしゃれなんかする気にもならず、「女であること」には興味のないふりをして、ひたすら本を読んで脂肪のついたウエストを抱えて15歳の夏をすごした。「女はいかにして愛される姿になるか」。そのパラダイムシフトは、産業を超えた問題だったのだ。

9月23日、全国公開

1票、お待ちしてます♪
にほんブログ村 映画ブログへ
[PR]
# by ropponguimovie | 2006-08-16 07:02

『db』□

 すごいもの見ちゃった…。
「スノーボードの映画」だというから、サーフィンの映画の冬版みたいな感じなのかなあ、と思っていたら、スノーボードの映画じゃなかった。「自分たち」の映画だった。なにしろ「自分たち」しか撮ってないの。雪山の美しさ、樹氷、すみっこを歩いている動物達、大会に出たら大会を楽しんでいるギャラリーたち、そういうものの映像が一切なかった。きっと、捨てたカットの中にも一つも入っていないと思う。撮ってないと思う。作っている連中が、自分以外に興味がない、とわかってしまう映像なのだ。
 スノーボードって、オリンピックにもかつては出なかったし、ワールドカップでは国旗国家掲揚しないとか、より、自己の会報を求めるスポーツだと思って期待していたのに…。それと、ドキュメンタリーなのに登場人物たちに語彙がなさすぎる。海外のサーファーたちは、自分で自分のことを語れるから、その「語り」がサーフィンを知らない人でも見る人の共感を呼ぶのに対し、彼らは何も語らない。唯一印象に残ったのが「自分たちのすべりが、後輩たちの刺激になればいい」みたいなセリフで、それじゃだめでしょ。ヴィジュアルを求めるなら、世界に向かって訴えかけなきゃ。でも、彼らは、外の世界を見ていないのだ。
「自分」だけを見て「自分と世界とのかかわり」を見ないとき、その人は「ナルシスト」と呼ばれる。そういう映画だった。
 作品の最後に、「俺たちみたいに生きてみろ」とテロップが出る。お断りです。
 9月30日より、アミューズCQNでレイトショー公開。

1票、お待ちしてます♪
にほんブログ村 映画ブログへ
[PR]
# by ropponguimovie | 2006-08-16 06:52

『16ブロック』★

 ヤマハホールでの完成披露試写、悲しいぐらいお客さんがいない…。ブルース・ウィルスではもうお客さんが呼べなくなっている事実をまざまざと見せ付けられるけど、しかし、ブルースは、その「お客さんが呼べなくなったオレ」を、この作品で上手にキャラに落とし込むことに成功しているのが面白い。
 あの筋骨隆々だったブルースが、わざと筋肉を落として身体を貧相にし、髪も薄くなっていることを強調し、さらに無精ひげをはやして、「出世コースはずれたアル中刑事」役に。そして、彼が言い付かった任務は、前科者の犯罪者を16ブロック先の裁判所まで送り届けること。ただし、その犯罪者が法廷で証言する内容は、警察官の不祥事。当然、このふたりを阻止しようとする連中が追ってくる。それもやり手の警官達が…。
 この作品が大きく取上げられないのって、もう、こういう「組織に抵抗するヤツ」に、誰も拍手を送らない時代になってしまったからなのかもしれない。自己責任で、組織の中だろうが外だろうがうまくやっていかなくてはいけない、それができないヤツがダメ、組織に抵抗なんて、ああいうふうにはなりたくないよね…、っていう方が主流になってないか?
 でも、この映画見ると、水戸黄門的というか、「悪代官なり悪徳警官なりの不祥事を、内部のヤツが苦労しながら暴く」っていうのが永遠のプロットで、こうやってキャラクターを変えたらまた見たくなるってことがわかる。
 そんなに大きな作品じゃないけど、見たらきちんと気持ちよくなる映画でした。たぶん、ふだん「組織は自分が使いこなすもの」なんて哲学で生きてる人も、この映画を見たら気持ちよくなるんじゃないかと思います。

8月9日 ヤマハホールにて
10月 渋谷東急他東急系にて公開

1票、お待ちしてます♪
にほんブログ村 映画ブログへ
[PR]
# by ropponguimovie | 2006-08-16 06:44

『ナチョ・リブレ』★

 孤児院で育った、孤児のために賞金稼ぎを目指す覆面プロレスラー…。『タイガーマスク』と同じ原案でも、ジャック・ブラックがやるとここまでテイスト変わるか! しっかりJBの映画になってます。
 彼ははこの話が来た当初は「俺がぴちぴちパンツはくのか~」と思ってウツだったらしいですが、どうしてなかなか、セクシーですよ。ヒロイン役のアナ・デ・ラ・レグエラが、小澤マリアふうでめちゃめちゃきれい。ラティーナはやっぱしすごいねー。
 8月11日、UIP試写室にて鑑賞。
 11月3日、テアトルタイムズスクエアで公開。

1票、お待ちしてます♪
にほんブログ村 映画ブログへ
[PR]
# by ropponguimovie | 2006-08-16 06:34

『イノセント』

10月17日より、テアトルタイムスクエアにて、ヴィスコンティ生誕100周年祭が行われます。作品は「ルードヴィヒ』『山猫』『イノセント』の三作。そのうち、彼の遺作となった『イノセント』を試写で見ました。

 ヴィスコンティ作品の感想というよりは、自己観察の感想ということになってしまうかもしれません。というのは、今までで一番面白いと思いましたが、それは、彼の作品がどうこうというより、自分が変わったなー、もっと核心をつけば、「私も年取ったなー」と思ったからです。年々、じわじわ面白くなるんですよね、彼の作品は。そして、自分がそういうふうに変わっていくとは、思わなかったのです。

 その面白かった部分というと、「無駄」でしょうか。あるいは「装飾」。私って若い頃はさもしいヤツだったのかな? まあ、貴族の前では誰でもみなさもしい存在なのかもしれませんが。美しい俳優達も、家具も、調度品も、登場人物たちがもつ葛藤さえも、無駄であり装飾的であるように見えていました。
 しかし、年をとってくると、それってつまり「人間的」(=自然的存在の反対としての)ってことなのねってことが次第にわかってくる。例えば、豊かになり、目標を達成しても心の平安が簡単にやってくるわけではないということとか。彼が描く「美」というのは単純な自然の美しさではなくて、人間の複雑な葛藤の投影された形であるとか。あまりその複雑さを怖れていると、近づくことすらできないとか。若いときはずっとそうだった。ヴィスコンティは30過ぎ手から、映画評論講座の課題でなければ見なかったでしょう。

 この主人公、トゥリオも、美しい貴族で実に何でももっているのに、妻の不義から生まれてきた子ども、という、実に何ももっていない存在に自分のアイデンティティをうちのめされてしまう。
 
 …しかし、ヴィスコンティが作ったイメージなのか、普遍的なものなのか知りませんが、やっぱり、金持ちって幸せそうに見えないですね。金の修行、心の修行は、なかなか果てしなく遠そうです。

にほんブログ村 映画ブログへ
[PR]
# by ropponguimovie | 2006-07-30 09:23

『マイアミ・バイス』

 突然ですが、この稿の中に出てくる「ルールズ」というのはこの本 のことです。(画像が表示できない…)

 マイケル・マン監督にとって女はいつも「主人公の泣きどころ」なんだと思います。今回は主人公がふたりいるので、その泣きどころぶりも対照的に作ってあります。ジェイミー・フォックス演じるリコは同僚のトルーディを大切にしていて(ステイ型)、当然、トルーディは敵に拉致されて危ない目に合う。一方、フロー型のソニー(コリン・ファレル)が恋に落ちるのは、麻薬捜査官として潜入した先の取引の相手で、中国系キューバ人のイザベラ。うおー、危ない危ない。もうこれでわかっちゃうようなストーリーですが。

 いったい誰のディレクションか知りませんが(こういう演出をつけるのが、監督の仕事なんですか?)ふたりのメイクラブの仕方まで対照的で。リコとトルーディはトルーディも情熱的なブラック・ヒスパニックらしく、リコがシャワーを浴びているところに入ってきたりするけれど、基本的にはリコが終始リードするスタイル。ずーっとリコが上になってるから、カメラはずーっとリコの背中が動くのを写してる。(この背中は黒くてすべすべしてて、本当にきれい)。その上になってる背中に、彼が彼女を大事にしてるっていうところがちゃんとにじませてある。
 一方、ソニーは…、まあ、コリン・ファレルですから、いかにも火遊びっぽいんですが、女も女。ソニーが上になったりなんかしません。あのー、あの形、なんていうですか? 男も女も座ってて、女が上になってるやつ(ものを知らなくてすみません…)こう、女がのけぞるのがシーンの見せ場であるようなスタイルです。
 そしてこの女というのがコン・リーですよ。うーん、私、今まで見たなかでこのコン・リーが一番好きかも。中国人だけどラテン人だっていうこの役を得て、感情を全部さらすことが大切な役ですから、コン・リー、とても生き生きして見える。9歳年下のしかもハリウッドの新暴れん坊・コリンを相手に(ソニーは「セクシーな女」にひかれていて、「年上の女」にひかれたという感じではない)堂々たるセクシーぶりです。

 プレスに「かつて、これほどまでに「リアル」に描かれた潜入捜査があっただろうか」って書いてありますけど、ボーシットですよねえ。リアル・ワールドではこんなふうに女はからまないし、実は、からまなくてもこの映画は作れたと思います。でも、マイケル・マン監督はやっぱりこういうふうにからめてくる。泣きどころになってくる。それは何故?

 マン監督は確認するまでもなくいっつも男くさい映画ばっかり撮ってるわけだけど、その中にあって女は、男くさい主人公達のアイデンティティを補完する最後の1ピース、という役割がことさらに強いと思います。だからひかれちゃうし、彼女達が死んじゃうととても困る。「ルールズ」は、男が自分のアイデンティティの最後の1ピースになっててそれを探してて、男の側からものが見れなくなってる女が読む本(ひどい?)なんですが、こっち再度から見ると、彼らだってやっぱり、まったく同じ面があるんだなあ、と、なんか目が開けた気がしました。

 そういうわけで、この映画は、麻薬捜査の映画ではなくて、その女との関係を通してふたりの男がどう変わっていくかを描いた映画なので、対照的な男達のラストは、女とのラストも対照的です。コリンとコン・リーのラスト、とてもよかったな。

9月2日、日劇1他にて公開

1票、お待ちしてます♪
にほんブログ村 映画ブログへ
[PR]
# by ropponguimovie | 2006-07-29 20:03

『ハードキャンディ』

 突然ですが、この稿の中に出てくる「ルールズ」というのはこの本 のことです。(画像が表示できない…)

 ウォルト・ディズニーは長編第一作の題材として『白雪姫』を選んだときに「長年あたためてきたプランだった、これ以外の作品は考えられなかった」といっている。お姫様と王子、そして、異様なまでに怖い(ディズニーの映画の中で一番怖いといわれている)継母・魔女。東京ディズニーランドに行くと、お化け屋敷の「ホーンテッド・マンション」には注意書きは何も書いてないのに「白雪姫」の前に行くと「怖い魔女が出ます、小さいお子様はご注意ください」と書いてある。一方で、同じグリム兄弟の原作である『赤ずきん』に、ディズニーは最後までまったく興味を示さなかった。
 シンデレラでは最後にシンデレラが継母にやけた鉄でできた靴をはかせたとか、白雪姫の母親は本当は実母だったとか、多くの民話にはもっと残酷な「外伝」があるものだが、『赤頭巾』は、被害者であった少女とおばあさんが、狼の復讐に成功する、という結末が「正史」として残された唯一の物語である。
 狩人の手は借りちゃってるし、それに、ここでの被害者は「子ども」と「老婆」、つまり性的存在ではなかった、単に弱者をいじめるひどいやつだったから、正史として残ったのだろうけど、考えてみたら、この狼は、成熟した女には手を出せない、子どもと老婆を性的存在として狙っていたという、本当にどうしようもないやつだったかもしれないのである。

 その「どうしようもないヤツ」vs 「性的存在に見えない女」がこの映画のコンセプト。とくに赤ずきんちゃん役のエレン・頁が出色だ。とにかく、色っぽくないんだよねー。プロフィール的には「出会い系サイトですぐ会える未成年の女の子」でも、そういう場でそういう子に会いたい男って、ルックス的にはもっと違うタイプを求めてるんではないか? 「それでもいいから、やれればいい」っていう演出だったのかな? 今回の男の狙いはただやるだけではない、リアルろくでなししみたいだし。

 で、その性的存在に見えない女はこのどーしよーもない男に、徹底的な復讐をはかっていくわけだが、さてここで「ルールズ」です(読んでない人がほとんどだと思います。すみません。ケネディジュニアの奥さんが、ジュニアのハートを射止めるときにこの本を参考にしたと発言して有名になった恋愛成功法則本です)。

「ルールズ」を読むと、あなた(女)の恋愛がうまくいかないのは、ようするに自分でそうしちゃっているからだっていう事実をつきつけられる。壁作ってるか、依存して相手からひかれるかのどちらか。でもね、「自分でそうしちゃってる」ってことは、本人が意識してるしてないにかかわらず、別のメッセージを男に送ってるといえませんでしょうか。つまりね、「世の中どうしていい女いねーんだよー」みたいな。ここでいう「いい女」というのは男に都合がいい女というのではなくて、「この世の中、生きていくのも悪くない」というエネルギーを与えてくれる女のことだ。(「ルールズ」がなれといっているのは、そういう女だと私は解釈している)。つまり、自分がブスであるということは、自分もつらいかもしれないけど、同時に相手の世界観を真っ暗にするダメージを軽々と与えることができるわけよ。

「気が付いたらしばられて股間の上に氷がのせられてた(その後起こる痛みを軽減するために)」っていう演出は、男の失神者を出したそうだけど、この演出考えた人、えらい。だって、私も「そりゃーつらかろうよ」と共感できたもの(笑)。

 でもね、もっと男に対する厳しい復讐(先制攻撃?)があるとしたら、「世の中に、大事にすべき異物がない」っていう世界観を刷り込むことだと思う。そういう男にはこの映画みたいにますます天誅(?)が下って、彼はますます女が嫌いになることだろう。怖い。ミサイル打ち込むより怖い。

「もてない女」をやめることは、立派な平和活動なんじゃないかとこの映画を見て思ったのでした。エレンちゃんは本当はかわいくてチャーミングなのよ。

8月5日より、シネマライズにて公開

にほんブログ村 映画ブログへ
[PR]
# by ropponguimovie | 2006-07-29 20:02

『ハッスル&フロウ』

 こういう、「ヒップホップ・リベンジ」もの、大好きなのです。『8マイル』3回見たし。これは『ゲット・リッチ・オア・ダイ・トライン』よりは良かったかな。

 『ゲット・リッチ~』がイマイチ好きじゃなかった理由は、タイトル。だってそのまんまなんだもの。『8マイル』って暗喩じゃないですか。こういうのを「詩ごころ」っていうんだと思うんですよね。
 「ハッスル」というのはピンプ(ポン引き)の隠語。「フロウ」は…、正確に定義できない○=|_。チラシに「湧き上がる想いをビートに解き放った瞬間、世界中を熱狂させるフロウが生まれた」とあるので、そういうふうに使うらしいです。

 最初っから「バカだなーこいつ、そんな甘い話、うまくいくわけないじゃん」というゴールのために彼らは奔走を始める。地元からブレイクしたヒップホップの雄、スキニーの凱旋パーティに誘われたDジェイは、「そのとき、彼にデモ・テープを渡し、それを気に入ってもらえれば、デビューの道が開けるに違いない」と確信し、テープ作りにのめりこむ。でもさー、そんなの、どんなにいいテープでもスキニーが動くかどうかなんて、わかんないじゃん。それに、そんなにいいテープなら、直接レコード会社に送ったほうが早いじゃん。営業って、「紹介者を通せばうまくいく」ことなんてほとんどなくて、いい商品作って誰でも買いたくなるようにするほうがずっと確実なんだよねー。最後にDジェイがチームのノラに「これをラジオ局に渡せ」っていうんだけど、「最初っからやりなよー」って感じ。

 でも、Dジェイがそれを求めてしまったのは、すぐにでも「お前はいける」といってくれる人を探していたからで、これは彼の父親探しの物語である。Dジェイは最後に父親を倒して、先に進むのです。

 キャストがいい。テレンス・ハワードのセクシーさ、存在感は圧倒的だし、『8マイル』でエミネムのモトカノ役をやってたタリン・マニングが、ブリタニー・マーフィに負けないはすっぱ感。白人なのにサウンドオタク役のD.J.クオールズも一度見たら忘れられません。彼は『コア』に続きオタクの役だが、強い顔だよねー。彼はハンサムなのだろうか。「プラダ」のモデルをやってた、と、聞くと急にそんな感じがしてしまうのだが。

8月12日、テアトルタイムズスクエアにて公開。

にほんブログ村 映画ブログへ
[PR]
# by ropponguimovie | 2006-07-29 19:56

2006年7月第1週・第2週に見た映画

★はおすすめ印
◆は誰にでも勧めるというのではないが、個人的には問題作だと思っている印
□は、すごく期待していたのに、裏切られた~(怒)という印

『40歳の童貞男 The 40 year old virgin』
 アメリカ版『電車男』といわれるが、そのわりには恋のお相手は苦労人のシングル・マザーだし、童貞君とわかって誘惑する店長は80年代から頑張ってそうなキャリア・ウーマンだし、彼を取り巻く女性達は日本の『電車男』よりずっとタフでマチュアだ。ショウ・ケースの中の花にすぎなかった『電車男』のエルメスとは偉い違い。
 電車男「エルメス」って、アメリカ人から見たらどう見えるんだろうね。「セーラームーン」の親戚に見えるのだろうか。
 9月5日よりユナイテッド・シネマとしまえん、9月30日よりユナイテッド・シネマ岸和田にてレイトショー(ずいぶん小さい公開規模だなー)


『スーパーマン・リターンズ』
 予想どおり、意外と面白かった(回りくどいいい方ですね)。今夏の超大作の中では薦められると思う。別項参照。
 8月19日、全国公開。

『ディア・ピョンヤン』
 在日コリアン2世のヤン ヨンヒ(梁 英姫)が、終戦直後から総連の活動家として働いてきた父親を、10年間見つめて撮り続けた作品。この作品がベルリンやサンダンスで観客にウケたかと思うと、「おそるべし、日本のおとうさん(日本じゃないけど、ステテコはいて布団でごろごろしてるしねー)」と思ってしまう。
 別項参照。
 
『クリムト』
 チリ生まれの監督、ラウル・ルイス監督作品。
『不思議の国のアリス』だなあと思って見ていたら、ルイス監督には本当にそういう自覚があったようだ。主人公はたしかにクリムトなのだが、彼の役割はむしろ狂言回しであり、その主役は、世紀末ウィーンというけったいな世界であり、そこで自分を見出そうとするけったいな人々である。どこまでが幻想か現実かわからない世界構築がなされていて、それがクリムトの絵の解釈は面白い。
 面白いんだけど、ではその世界を、クリムトが自分の作品構築にどう取り込んでいったのかという点は全然描かれていなくて、その点は物足りなかった。映画の中で彼は作品を作ることに何も苦労していない。「モデルに触れないと作品が描けなかった」とか、子どもが30人いたとか、「接吻」のモデルは妻の妹だったとか、もっとも近くにいたパートナーとはプラトニックだったとか逸話があれば、彼の心の中にこれだけのワンダーランドがあってもいいと思うのだが。
 2006年秋、公開

にほんブログ村 映画ブログへ
[PR]
# by ropponguimovie | 2006-07-29 19:42

『ディア・ピョンヤン』★

 これを見て、どうしてピョンヤンが一部の人々にとって今なお熱狂的な憧れの土地であるかがわかった。ピョンヤンって、アメリカっぽいのだ。「アメリカっぽい」とは、初めに理念ありきの都市だということである。住みやすいから人が集まってきて、なんとなく自然発生的に生まれた都市ではないのである。その理念が、アメリカの民主主義と同じくらい輝かしい思想なのだから、それは魅力的にうつることであろう。

 そのピョンヤンに「ディア」とついているのが面白い。「ディア」というのは感情を表す言葉だからである。「ディア・ピョンヤン」という言葉は、「ピョンヤン」という思想信条を、「ディア」という感情が超えていく、あるいは包み込んでいく複合語のように思われる。
 ピョンヤンを崇拝してやまなかったのは監督で在日コリアン2世のヤン ヨンヒ(梁 英姫)の父親(総連の熱烈な活動家)であったが、その父親が「ピョンヤン」を「ディア」と思っているかは疑わしい。父親は「ディア」というよりはむしろ、「理想の」とか「輝かしい」と思っていたように思う。いや、父親の中に「ディア」という感情語があるかどうかが疑わしいのだ。なぜなら彼は「父親」だからである。「父親」とは「理念」のメタファーである。だから、「ディア・ピョンヤン」というのは、娘から見た父親の平城に対する気持ちを父親の語彙にはない語で表した言葉であり、娘の父親に対する愛の宣言(=ディア・父親)であり、「父なるもの」に対する愛の宣言でもある。

 この言葉は、息子と父親の親子関係では生まれなかった言葉のように思う。理念と理念でぶつかりあう父親と息子では、『血と骨』のように、厳しい相克がふたりの間に生まれただろう。
 しかし、愛をもって育てられつつも、思想の違いや国籍を変えることで対立してきた娘がこのような言葉で「父なるもの」を呼ぶとき、娘は父を大いなる愛をもって受け止め、また乗り越えているのだ。

 実際、映画では娘が直接父に語りかける形でインタビューが進み、(監督)本人によってナレーションが入る。その声は、実に娘自身の成熟・成長を感じさせ、今でも父についトゲトゲしく説教してしまう(理念で対立してしまう娘なのだ、私は!)から見ると、驚嘆してしまうほどである。
 もしかしてこれが息子のとった映画であれば、その息子は、決してステテコ姿で布団にごろごろする父親を撮ることはなかったろう。父親も、ステテコ姿で布団にごろごろする姿を見せることもなかったと思うのだ。そのステテコ姿に、世界が拍手を送ったのである。

 それにしても、在日コリアンの歴史について監督自身がまとめた前ふりの字幕は見ていて複雑だ。主語と行動の主体が一致しない不思議な言語。これでは自分たちでも気分が悪かろう。

にほんブログ村 映画ブログへ
[PR]
# by ropponguimovie | 2006-07-29 19:40

『バッシング』

JUSTの会報に寄せられた斉藤学医師の講義録を読んでいたら、興味深いことがあったのであらためて本稿を書こうという気になった。
 この映画のモデルとなったイラクで人質となった三人が帰国したとき、斉藤医師はトラウマのエキスパートとして成田で彼らの診断にあたった。診断は極度の疲労と、急性ストレス障害。それはまあ普通の診断(?)として、斉藤医師は、三人の家族に違和感を覚えたという。ようするに「家族さわぎすぎ、家族が子ども達の人生に介入しすぎ」という違和感だったという。
 テレビの映像は「極端な一言」に全体像を集約しようとする傾向があるので、ふだんからその一言に反応するのは避けているのだが、あのときの家族の様子はたしかに私にも強く印象に残っているのだ。「これはぜひ、撤兵するように日本政府に動いていただいて…」といそいそと発言した家族は、子どものために働ける手段ができたことが心底嬉しそうであるように私には見えたのだ。それを「自己責任でしょ」とたしなめる政治家の姿は、子どもに対して理念であたろうとする「父親役」、「そうはいってもあの子のピンチなのだから」と世話を焼こうとする家族は、「母親役」であるように私には見えた。「自己責任で山に行ったって助けるのに」という、後から出てきた理屈とはまったく違う自己責任論が、展開されていると思ったのである。

 この映画のように、彼らのイラク行きがどこまで、「家族との確執が背後にある個人的な物語」であったのか私は知らない。しかし、この映画の中では、主人公は、息苦しい家族関係からの逃げ場所としてイラク行きを選んだように描かれている。彼女自身もとても生き方がうまいといえた代物ではなく、食べるものはコンビニのおでんだけ、一つの具を一つずつの容器に入れさせ、すべての容器につゆをたっぷりと詰めさせる姿は、コミュニケーション不全ということばを超えて、社会への攻撃性をもっているとさえ判断できる。戦地のボランティア活動なんてずいぶん瞬時の柔軟な判断能力が求められる仕事だろうに、こんなんで彼女はそこで足手まといにならずにやっていけたのだろうかと、心配してしまうほどだ。
 私がこの映画の映画評で海外評として「なぜ日本でバッシングされたのかわからない」というものをのせていたが、むしろこの映画はバッシングされてしかるべきなような彼女の姿を描いている。それは事実とは違うかもしれないが、この映画ではむしろイラクは「救い」として描かれている。「みんな私を受け入れてくれない、ここよりはまし」と。

 海外の映画評を紹介した日本の記事を読んだとき、「彼らを受け入れなかった日本共同体の排他性が描かれている」みたいなことが書かれていたのを覚えている。これは、本当に海外メディアがそう思ったとしたら驕りだと思うし、日本のメディアがそう思ったのだとしたら自虐だと思うが、とまれ、映画は決して日本社会のみの排他性を告発するものではなかった。協奏能力の低い個人、協奏能力の低い小さな共同体(家族)、協奏能力の低い大きな共同体(地域)がもたらす齟齬、そして最終的な融和を描いているのだ。

にほんブログ村 映画ブログへ
[PR]
# by ropponguimovie | 2006-07-29 19:39

2006年6月第5週に見た映画

★はおすすめ印
◆は誰にでも勧めるというのではないが、個人的には問題作だと思っている印
□は、すごく期待していたのに、裏切られた~(怒)という印

『ミラクルバナナ』★
 実話をもとにした日本の映画。世界最貧国の一つ(どこにあるのか誰も知らない)ハイチに行って、現地のバナナの木の繊維から紙を作ろうとする話。
 日本のゴミで今一番問題なのは「紙ゴミ」だって知ってますか? 私もあなたも、家に届く大量のチラシやDMを毎日捨てていると思う。一方で、1日1ドル以下で暮らすような国では、やっと学校に行けてもノートがないことが教育の大きな障害になっている。マネー、オイルと同様、格差社会を作っているのが「紙」であることがわかる。紙を使える量の差が豊かさの差を生み出しているのだ。
 物語が駆け足なのとキャスティングがちぐはぐだったり役者が大根だったりするんだけど、最後に紙が出来上がってみんなで踊るシーンが素晴しくて。それまで大学院生役が全然似合わなかった山本耕史がバック転しながら踊る姿がいいし、頑固一徹な美濃の和紙職人役の緒方賢が、現地の少年に抱きしめられて笑うシーンもほろりときます。
9月公開
中国地方ではすでに公開されている模様。

『マッチポイント』
 試写室連日満員。なのは、スカーレット・ヨハンソンとジョナサン・リース・メイヤーズのラブ・シーンが見たいから? とアレンが嫌いな私は思っていたのだが(『スコーピオンの恋まじない』以来見ていない)、そうじゃなくて、今度の作品は評判がいいかららしい。アレンがニューヨークを出てロンドンを舞台に撮ったのも話題らしい。
 ヨハンソンは『理想の女』で演じた「イノセントな女」と正反対の悪女でめちゃめちゃ魅せる(ボディラインがすばらしい!)が、メイヤーズは容姿がすでにたるみ始めているのが気になる。『ベルベッド・ゴールドマイン』や『Bモンキーズ』のときがあまりにシャープだったのでどうしても差がついてしまうのと、なんというか「アイルランドたるみ」なんだよね…(酒いっぱい飲むんだろうなあ)。むしろ彼の義兄役で無名のマシュー・グードの方が、自分の家柄と親の意見を考えて結婚相手を選ぶアッパークラスのぼっちゃん役なんだけど、ダークな役どころやったら意外といいんじゃないかと思いました。
(以下、ネタばれなので反転)
  あと、いくらアレンの世界だからって、殺人事件に関するプロット甘すぎ。ノラがクリスにおびき出されるところ、ブティックの店長がばっちり見てたん。あれが警察の知るところとならないって、ありえないよ。
晩夏 恵比寿ガーデンシネマ シネスイッチ銀座にて公開

『風味絶佳』
 柳楽優弥、沼尻エリカ主演。製作に亀山千広、太多亮、臼井裕詞、監督が『愛という名のもとに』『冷静と情熱の間』を撮った中江功…と、いつものフジテレビ組の顔がずらりとならぶのだけれど、それでも沼尻エリカもグランマ役の夏木マリも、友人の恋人役の女性(キャスト名わからず)も、み~~~んな原作の山田詠美さんご本人に見えてくるから不思議。作家のカラーって、これぐらい強くないとカリスマ性もてないのね。
 9月16日、全国東宝系公開
[PR]
# by ropponguimovie | 2006-07-01 11:09

2006年6月第4週に見た映画

★はおすすめ印
◆は誰にでも勧めるというのではないが、個人的には問題作だと思っている印
□は、すごく期待していたのに、裏切られた~(怒)という印

『記憶の棘』
 ニコール・キッドマン様(ますますお美しくなった)最新作。
 夫を失った痛手からやっと立ち直り、婚約を決めたところに現れた10歳の少年。「僕は夫の生まれ変わりだ」といって…。
 『ゴースト』みたいな展開を想像していると、逆に作り手側が「これは『ゴースト』になるのか? ならないのか?」みたいに、その読みを含んで話が進んでいく。最後はちょっと意味深で面白いのだ。
  9月公開。

『キンキー・ブーツ』★
 もはやイギリス映画のお家芸となった、「起死回生プロジェクトXコメディ」。『カレンダー・ガールズ』のスタッフ(イギリスのアルタミラ・ピクチャーズ?)が題材に選んだのは、ノーサンプトン(田舎、靴産業で栄えたが現在は斜陽)の老舗紳士靴工場が、ニッチ市場を狙って、ドラァグ・クィーンたちが履くセクシーなブーツ(=キンキー・ブーツ、キンキーは「性的に倒錯した」とか「風変わりな」という意味)作りに挑戦するというもの。
 文句なしに楽しい映画。こういうのをブエナビスタの試写室で見るとほっとする。
 8月シャンテ・シネにて公開。
 
『おさるのジョージ Curious George』□
 キャラはかわいいが、プロットにひいた。「美術館の財政を救うため、アフリカに発掘しに行く」って21世紀にどうなのよ…。
 途中「キング・コング」をパロっているのに、「キング・コング」が鳴らした警鐘(商業主義のためにめずらしいものを奪ってきて見世物にしちゃう傲慢さ)すら耳に入っていないと思われる、この作品のスタッフ。
 7月22日よりシネクイントにて先行ロードショー

『ユナイテッド93』★◆
 ポール・グリーングラスの演出手腕が冴える。彼の持ち味は「冷静さ」なんだと思う。『ボーン・アイデンティティ』の冷静キャラは、彼の才能によるものなんだということがよーーーくわかった。
 911にハイジャックされた飛行機のうちただ1機目的地に突っ込まなかった一機。機内での、観客達のハイジャック犯への抵抗を描く。「ドキュメント・タッチ」といいたいところだが、そう呼ぶにはこの映画は(いい意味で)非常に細やかに演出されていると思う。
  8月12日、日比谷みゆき座他にてロードショー

『サイレント・ヒル』
 全米初登場1位ということだが、ゲームの映画化のなかでもこれはとりわけ、ドラマではなくショウとしての要素が強い。途中から、「おどかされること」に飽きてくる…。
 7月8日丸の内ピカデリー他でロードショー

『パトリス・ルコントのドゴラ』
 映像詩。75分のフィルムの中に、ストーリーも役者もなし。映し出されるのはカンボジアの人々の生活だがドキュメンタリーでもない。エティエンヌ・ペルションの作曲した音楽をウォークマンで聞きながら、ルコントが撮影をした。
 かなーり趣味的な映画。私もまだ思考停止中。
 8月26日東京都写真美術館にて公開

にほんブログ村 映画ブログへ
[PR]
# by ropponguimovie | 2006-06-25 06:13

2006年6月第3週に見た映画

★はおすすめ印
◆は誰にでも勧めるというのではないが、個人的には問題作だと思っている印
□は、すごく期待していたのに、裏切られた~(怒)という印

『ストロベリーショートケイクス』

『トリノ発24時』

『カポーティ』

『マーダーボール』★
 なんだなんだなんだ? 『ミーンマシーン』の続編みたいなマッチョな映画なのか? と思ったら本当にそうだった…映画の説明の最後にちらっと、その競技が「車椅子」で行われるものだと説明されるのを除いて。
 「ウィルチェア・ラグビー」は通常のラグビーと同じようにタックルあり。車椅子ごと吹っ飛ばすものだから、競技者である彼らは、交通事故他で車椅子になったはずなのに、頚椎骨折(ボルトで止めてる!)など、競技をやり始めてからの怪我の方がすごいらしい。
 すんごい荒っぽくてセクシーな、ウィルチェア・ラグビー・USパラリンピックチームのロード・トゥ・アテネ。
 9月か10月公開

『狩人と犬、最後の旅』★
 一つ一つの映像を見るたびに、涙が出てくるよー! 本当に自然が美しいの。
 カナダィアン・ロッキーの只中に暮らす、マウンテン・マン、ノーマン・ウィンターの生活を追う。劇映画だが、本人は本名で登場し、ストーリーは彼の実生活に基づいている。
 8月12日、テアトルタイムズスクエア、銀座テアトルシネマにて公開
[PR]
# by ropponguimovie | 2006-06-17 23:09 | 見た映画一覧(簡易星取表付き)

2006年6月第2週に見た映画

★はおすすめ印
◆は誰にでも勧めるというのではないが、個人的には問題作だと思っている印
□は、すごく期待していたのに、裏切られた~(怒)という印


『太陽』★◆
 8月、銀座シネパトスで公開、以下全国順次公開。
 昭和天皇が生物学者であった理由が、この映画が描くように「自分が一般民衆と生物学的になんら変わりがない」ことを知りたかったからだとしたら、ほんとうに悲しい。裕仁役のイッセー尾形は天皇らしく演じているが、皇后役の桃井かおりが実際の皇后とは違うオリジナリティを出していて、さすがの存在感。

『ハチミツとクローバー』
 夏休み、シネマライズ他で公開。
  別項参照。

『弓』★★◆
 晩夏、文化村ル・シネマで公開。
 文句なし、今年の暫定ナンバー1。今まで私がナンバー1つけたの見て「ほんとかよ?」と思った皆様、すみませんでした、今度こそ信用してください(笑)。
 キム・ギドクがさらにあちらに行ってしまったことを感じさせる、究極のおとなの童話。
 
『カーズ』□
 7月1日全国順次公開。
 みんなが待ってたピクサーの最新作…、が、私は全然入れなかった。今までのプロットどこが違うんだろう? おまけに私は車が何かしゃべるたびに排気ガスのにおいを感じてしまって…(車達が集会しているシーンなんて最悪)。ただし前座の短編「One man's band」は珠玉のできばえで、これは見る価値あります。

『全身と小指』□
 人生3度目の途中退出。兄と妹のインセストという重いテーマなのに、「最後にはどうなるのか?」というドライブ感が全然続かない。主演の池内博之の役に入れない。
 試写状の日付が間違っていて、2度試写室に足を運ぶ目になったのも、辛い評価の理由か。
 っていうか、監督が『渋谷怪談』と同じ人だと知っていたら、見に行かなかった。

『もんしぇん』★
 8月19日、上野、一角座でロードショー
 上記『全身と小指』の間違った表記の日に行ってしまったらこの内覧試写をやっていて、「じゃあ代わりに見ていきますか」と入れてもらった。これがずっとよかった。
 予算が少ないので苦労しているなと思わされる面はあるが、日本の取り残された風景(長崎県の離れ島)を上手にファンタジーに取り込んでいると思う。『カーズ』と違って、フィルムから入江独特の濃い潮の香りがする。

『幸せのポートレート』
 夏、シャンテシネにて公開。
 サラ・ジェシカ・パーカー主演のクリスマス家族群像劇。
 シガニー・ウィーバーを髣髴とさせる、90年代のいまどきこんな頭の固いキャリア・ウーマンがいるか? これを夏休みのシャンテシネにかけるのはどうも…。

『年をとった鰐』
8月上旬 ユーロスペースにてモーニング&レイトショー

にほんブログ村 映画ブログへ
[PR]
# by ropponguimovie | 2006-06-11 12:18