昔、「ティム・バートンという若手でへんてこりんな映画撮るヤツがいるからそいつにバットマンを撮らせよう」と最初にいい出した人もえらかったと思うが、「クリストファー・ノーランという若手にバットマンの新シリーズを撮らせよう」といった人もなかなかなのではないかな。バットマン大好きな私も、「彼ならいーじゃん」ととても楽しみにしていた。若干の不満はあるものの、上々のバットマンが出来上がったと思う。
ぱっとみて印象的だったのは、「空」である。映像を見てはっとさせられたのだが、そういえば、『メメント』も『インソムニア』も、白昼のシーンがあったにもかかわらず、曇っているわけではないが太陽が出ているのも感じさせない、独特の「白い闇」という感じがあった。ブルートーンか何かで補正しているのだろうか、とにかく、「ノーラン・ホワイト」とでもいえるような独特の空の色が、バットマンの心情と合致している。もちろん、ゴッサム・シティがその輝きを増すのは夜なわけだが、バットマン誕生以前を描く本作では昼間のシーンも多いため、この空の色が生きたと思う。 昼間のシーンで、一度だけ、太陽を感じさせるシーンがある。子供だったブルース・ウェイン少年が、両親につれられ、高架鉄道でゴッサムの中心街のオペラに向かうシーンだ。このシーンだけ、ゴッサムの摩天楼に影がつけられ、太陽がさんさんと降り注いでいることがわかる。それ以外のシーンでは昼間でも影がないから、やはりあの空は計算してのことなのだろう。 両親が目の前で殺された後、青年ブルースは世界を転々として、結局ヒマラヤの奥地で格闘技の修行を重ねることになるのだが、このエピソードは私には少々納得いかなかった。バットマンは、修行なんかしてはいけないと思ってしまうのは、私だけだろうか。子供の頃の心の傷が癒されない彼は一種の引きこもりであり、しかし6畳間に引きこもるしかない日本の若者と違って、彼の場合は引きこもれるテリトリーが広いから、あまり引きこもりであることを感じさせない。そのテリトリーの中で、執事アルフレッド(彼は立場が下の者であり、決して対等ではない)を手下に作り上げてしまうのが、本来のバットマンの世界である。他に師匠がいるというのは、他に師匠がいるというのは、殺された父以外に別の父なる存在をもつということで、その瞬間、父喪失を乗り越えてしまう、という矛盾を抱える。つまり、バットマンをバットマン足らしめなくさせてしまうのだ。 とまあ、これは結構大事なポイントのような気がするが、今回のプロットだと、ここをはずしてしまうわけにもいかないので(後半の大事な伏線となる)、とりあえず、次に進む。 さて、ゴッサムに帰ってきた「ぼっちゃま」ブルース・ウェインは、ここで断然輝きを放ちはじめる。ヒマラヤの山の中でひげとあかまみれの放浪者を演じていたクリスチャン・ベールは、一瞬、イーサン・ホークと間違う「感じのいい青年」なのだが、昼は高級ビジネス・スーツに、夜はブラック・タイに身を包むクリスは、『アメリカン・サイコ』で披露した成熟しきれないヤッピーぶりがぷんぷん。あの、にやっとした笑いがいいのですよね。 さて、ティム・バートンが彼のお家芸としてバットマンの世界に持ち込んだのは、その特異なキャラクターたちだった。一度バットマンシリーズを見てしまった観客として、いくら監督がずいぶんスタイリッシュごのみに変わったとわかってはいても、ここは期待せずにはおれない部分である。これを、クリストファー・ノーランはどう処理したか? やってくれましたよ。見事な反転の新解釈。 周囲にフリークスばかりを集めて独特の世界観を構築したティム・バートン版とは正反対に、クリストファー・ノーラン版では、バットマンの回りに、見事にハンサムばかりが集められている。アルフレッド役のマイケル・ケインだけは最初から悪役ではないことがわかっているが、リーアム・ニーソン、ゲイリー・オールドマン、キリアン・マーフィー、渡辺謙、モーガン・フリーマンととにかくいい男ぞろい。もちろん、誰もかぶりものなんかしていません(笑)ハンサムを並べることで、ノーランはまったく別の現実離れした世界観を作り上げたのである。この映画では、ハンサムほど黒幕ですから、なーんていっても、誰がいちばん黒幕かわからないぐらい、みんな整っている。こうしたガイズを見ているうちに、連中も、「顔の皮一枚」によって、一種の「ハンサム・キャラ」を演じているのではないか、そのうち、その皮が「びりっ」とはがれるのではないかと、映画を身ながら妙な想像に走ってしまって困った。 さらに面白いのが、過去のバットマンシリーズでは、ヒロインがキム・ベイシンガー、ミシェル・ファイファー、ニコール・キッドマン(!)と常に金髪正統派いろっぺーねーちゃんだったのに対し、今度のヒロインは「隣のお姉さん」を絵に描いたような(でもトム・クルーズの新恋人)ケイティ・ホームズだということだ。これで、ヒロインはハンサムな男達から視点をそらす効果がなくなり(ごめんね、ケイティ)、ますます野郎歌舞伎的な世界ができあがる。 ちなみにケイティ演じるヒロイン、レイチェルは、ゴッサムの犯罪撲滅に情熱を燃やす検事補、という知的な役どころで、そのあたりも過去のヒロイン達とは機能が違う。まあ、シリーズ一貫してMJを思い続ける『スパイダーマン』と違って、『バットマン』はラブ・ストーリーではない。が、今回のような、「ゴッサムの街浄化」という目的に一緒に働くバディでちょっとお姉さんな恋人、というのも、ブルース・ウェインにはお似合いな気もした。 と、あれこれ書いてしまったが、『スターウォーズ』が、見る人を老若男女問わず「少年」にしてしまうように、『バットマン』は見る人を老若男女問わず「オタク」にしてしまうのだ。今回のプレス資料を見たら、カラー印刷された美しいパンフレットのほかに、ふつうのA4の普通紙に上から下までびっしり文字が印刷された資料が同封されていて、これがなんと37ページもあるのだ! これじゃあプレス資料じゃなくて、立派な論文だよ。 5月26日鑑賞 6月18日公開
by ropponguimovie
| 2005-05-30 23:39
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